下北沢・代田エリア

#11 北沢川緑道を歩いてみよう

羽根木公園と梅ヶ丘駅の間を横切る北沢川緑道。
梅ヶ丘から豪徳寺方面にこの緑道を歩いているだけどと、”歩きやすくて綺麗なお散歩道”程度にしか感じないかもしれません。
ただ、梅ヶ丘から代沢方面に向かって歩くと、その印象はガラリと変わります。


特に桜の季節は素敵です。

実はこの桜並木、緑道の整備工事の際に一度は無くなりそうになったそうです。それを地域の方々が「どうしても残してほしい」と強く願って、今の景色が守られました。約150本ものソメイヨシノが、道幅の狭い緑道を覆うように咲く姿は、街の人たちの愛情が形になったようで、なんだかじーんとしてしまいます。

足元を流れるせせらぎも、実は新宿の落合水再生センターから14キロもの距離を、地下を通って運ばれてきた再生水だというから驚きです。新宿や渋谷の賑やかな街の下をはるばる旅して、ここで静かに流れていると思うと、「こどうしてもこの場所にせせらぎを」という並々ならぬ情熱を感じます。でもこの水があるおかげでいろんな花がこの水辺には咲くんですよ。この「水辺」を完成させるまでに、なんと18年もの年月がかかったそうです。

桜の季節にはここで気ままに散歩したり、写真を撮ったり、談笑したりする人たちで賑わいます。
きっとこの水辺作りに関わった人たちも、今のこの景色を見て喜んでいるでしょうね。

文士たちの足跡をたどってみる

この道は「文士の道」とも呼ばれ、昭和初期にこの界隈(下北沢文士町)に住んでいた作家や詩人たちの記憶が、あちこちに刻まれています 。

文学の小路の碑が建っています

萩原朔太郎と「青猫」の鉄塔

詩人の萩原朔太郎は、代田の丘の上に自ら設計した洋館を建てて住んでいました 。緑道の近くにある「代田の丘の61号鉄塔」の由来碑には、彼の代表作『定本青猫』の一節が刻まれています。

横光利一の文学碑

「文学の神様」と呼ばれた横光利一の碑は、鎌倉橋の近くにあります 。面白いのは、彼の邸宅の玄関にあった実物の「鉄平石」が碑に埋め込まれていることです 。この石は小説『微笑』の中で、来客の靴音を聞き分ける道具として描かれているそうですよ。

坂口安吾の教員時代

無頼派の坂口安吾は、若い頃に代沢小学校で先生をしていました 。緑道に隣接している小学校の敷地内に文学碑があり、そこには彼が住んでいた家の古い門柱が移設されています 。

他にも、たくさんの方々が住んでいらっしゃったようです。

下北沢文士町文化地図

ここは元々、武蔵野の湧水を水源とする北沢川が流れていました。

文士たちが住んでいた大正末期から昭和初期には、この川は自然のままの情緒を残す豊かな小川で、川の両岸には土手があったそうです。みなさんその土手を散策されていたのでしょうか。

この緑道を歩いていると、目に見える景色だけがすべてじゃないんだなあと、しみじみ感じます。
14キロもの距離を旅してきた水や、かつての文士たちの面影が、今のこの道の下に層のように重なっている。そんな風に考えると、ただの散歩道も少し特別な場所に思えてくるから不思議です。

皆さんも、歴史の気配を感じながら、のんびりと足を運んでみてくださいね。

北沢川緑道 世田谷区のホームページ